大津地方裁判所 平成7年(行ウ)9号 判決 1996年9月09日
原告 株式会社ダイキ
被告 滋賀県彦根土木事務所建築主事
主文
一 被告が原告に対し平成七年四月一三日付け第一号をもってした建築基準法六条四項の規定による適合しない旨の通知処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、ホテルの経営等を業とする株式会社であり、滋賀県犬上郡甲良町字小川原九〇六番地上にホテル(以下「本件建物」という。)を建築するため、平成七年一月九日、被告に対し、建築基準法六条に基づく建築確認申請をした。
2 しかるに被告は、本件建物が、「甲良町教育環境保全のためのモーテル類似施設建築の規制に関する条例」(以下「本件条例」という。)二条の規定による町長の同意を必要とするモーテル類似施設に該当するものとして、平成六年八月二五日付け甲建第七一三号により本件条例四条の規定に基づく甲良町町長(以下「町長」という。)の不同意決定を受けていることから、当該計画の区域に係る建築物の基準を満たしていないことを理由に、原告に対し、平成七年四月一三日付第一号をもって、建築基準法六条四項の規定による適合しない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 原告は、平成七年五月一〇日、滋賀県建築審査会に対し、本件処分についての審査請求をしたが、同年八月四日付で右審査請求は棄却され、裁決書の謄本は、同月一〇日付で原告に送付された。
二 争点
モーテル類似施設を建築するには町長の同意を要すると規定する本件条例が、建築主事が行う建築確認の審査対象に含まれるか。
(原告の主張)
(一) 建築主事は、建築確認の申請書が提出された場合、申請に係る建築物の建築計画が「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例」(以下「建築確認対象法令」という。)の規定に適合するか否かを審査し、その審査結果を通知しなければならないが(建築基準法六条)、被告は、本件条例が建築確認対象法令ではないにもかかわらず、同条例に基づく町長の同意を得ていないことを理由に、建築基準法六条四項による適合しない旨の本件処分をしたものであり、右処分は、同法六条三項、四項に違反する違法がある。
(二) すなわち、建築基準法の趣旨及び目的は、個々の建築物を防火、安全、衛生等の上から支障のないものにするとともに、都市計画区域内においては建築物を集団としてとらえ、それらの建築物を含む市街地の良好な環境の形成を図ることにあり、また、「確認」は講学上の確認であって、建築主事は、法律に従って専門技術的な判断をするものであり、広範な裁量権を有するものではない。
これを受けて建設省は、通達(昭和六一年三月二八日付建設省住指発第八〇号、以下「通達」という。)により建築確認対象法令として認められる基準及び範囲として、
<1> 制度の趣旨及び目的が建築基準法の趣旨及び目的と異ならないこと
<2> 具体的な技術基準であること
<3> 裁量性の少ないものであること
<4> 原則として、営業許可、公物管理上の許可等に係るものではないこと
の四要件を挙げている。右通達の「建築確認対象法令の範囲」には、その法令の条項まで具体的に列挙し、対象となる条例についても特に列挙しているのであるから、建築確認の対象となる法令や条例を限定していることは明らかである。
ところで、本件条例は、「青少年の健全な育成を図るための教育環境が害されることがないように、これらに必要な規制を加え、もって清浄な教育環境を保全することを目的」とするものであり(同条例一条)、趣旨及び目的が建築基準法と異なるものである。また、本件条例は、具体的な技術的基準を定めたものではなく、清浄な教育環境の保全のため、町長に広範な裁量を与えているものである。そして何よりも本件条例は営業許可に係るものである。
したがって、本件条例は、建築主事が審査すべき建築確認対象法令ではない。
それにもかかわらず、被告が、本件条例に基づく町長の同意を得ていないことから、当該計画の区域に係る建築物の基準を満たしていないことを理由にした本件処分は、建築基準法六条三項、四項に違反する。
(被告の主張)
(一) 本件条例は、建築主事が審査すべき建築確認対象法令に含まれ、本件条例に係る甲良町長の不同意通知は建築確認の審査対象になる。
(二) 原告がその主張の根拠とする通達は、建築基準法六条が定める建築確認対象法令の範囲を制限列挙したものではないと理解すべきである。
建築基準法が建築物の周辺の風紀上の精神衛生的な環境との調和という面からの規制も考慮して同法第三章第三節において用途に関する規定を定めていることからみると、建築確認対象法令の中でも用途規制に関しては、必ずしも「具体的な技術基準であること」を要しないというべきである。右のような解釈の下に建築基準法六条一項及び三項は運用されるべきであり、それによってはじめて同法一条の目的は達成されるものと考える。
(三) また、本件条例及び本件処分は、通達の四要件のうち、<1> 制度の趣旨及び目的が建築基準法の趣旨及び目的と異ならないこと、<3> 裁量性の少ないものであること、<4> 原則として、営業許可、公物管理上の許可等に係るものではないことの三要件は、左記のとおり充足しており、本件条例に基づく町長の同意の有無を確認審査の対象にすることに何ら問題はない。
(1) 本件条例は、「清浄な教育環境を保全することを目的」としてモーテル類似施設の建築等を規制しようとするものである。一方、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めるものであるが、例えば、用途に関する規制として、住居系用途地域内においては「良好な住居の環境」を維持するために飲食店の建築は可能であるが、料理店や待合等接待行為を伴う風俗営業的建築物を規制しているところからみると、単に直接的な建築物の敷地等の安全衛生防火の面からの規制だけでなく、周辺の風紀上の精神衛生的な環境との調和という面からの規制も考慮されており、この意味において、建築基準法と本件条例は、趣旨及び目的を異にするものではない。
(2) 本件条例は、「モーテル類似施設」の建築そのものを規制するものであり、営業許可等に係るものではない。
(3) 被告は、本件建物の建築について、本件条例に基づく町長の同意の有無を審査するものであり、裁量の余地はない。
第三争点に対する判断
一 建築主事が、建築基準法六条に基づき審査を行うべき事項は、申請に係る建築物の建築計画が「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例」すなわち「建築確認対象法令」の規定に適合するかどうかという点であるが、具体的にどの法令が建築確認対象法令であるかは、建築基準法六条の規定からは必ずしも明らかではないから、本件条例が右確認対象法令に該当するか否かは、建築確認の趣旨・目的、建築主事の資格・能力、確認申請書に記載事項として法令上要求されている事項、他の行政庁の権限事項との関係、特別規定の存否等を考慮して判断するのが相当である。
なお、原告は、通達が、建築確認の対象法令について基準を掲げると共に、「対象法令の範囲」として条例を含めた法令が限定列挙されているところ、本件条例は右「対象法令の範囲」に含まれず、基準にも合致しないから、建築確認の審査対象に含まれないと主張し、被告はこれを争っている。しかし、通達は多数の建築確認申請に対して、迅速かつ公平な処理がなされるよう行政庁内部で法令解釈等を統一するために発せられるものであり、前述のとおり、建築基準法に審査対象とすべき法令が明示されていないことから、建築確認手続の実務において、通達によって運用されていることは無視できないものの、裁判所が通達の解釈に拘束されるものではない。したがって、本件条例が審査対象法令に含まれるか否かを検討するにあたっては、通達の解釈を論じるのみでは足りず、前記の観点から、本件条例の目的、規則対象、規則方法等を具体的に検討すべきである。
二 <証拠略>によれば、本件条例は、「モーテル類似施設の建築および旅館またはホテルの営業に係る広告物によって、青少年の健全な育成を図るための教育環境が害されることがないように、これらに必要な規制を加え、もって清浄な教育環境を保全することを目的と」し(一条)、甲良町内において旅館またはホテルを建築をしようとする者(以下「建築主」という。)は、あらかじめ町長に届けなければならず、この場合において、モーテル類似施設の建築に係るものについては、町長の同意を得なければならず(三条)、町長は、当該施設が、教育文化施設や公園、児童遊園地等の周囲約三〇〇メートルの区域、あるいは通学路の両側端から約二〇メートルの区域内に建てられる場合や、町長が教育環境の保全に必要と認める区域内に建てられる場合には、その建築に同意しないことができ(四条)、建築主が町長の同意を得ないでモーテル類似施設を建築するときは、町長は、その建築の中止を命令することができる(七条)としており、右中止命令に違反してモーテル類似施設の建築に着手した者等について、罰則が設けられている(一〇条)。
右によれば、本件条例は、青少年をとりまく教育環境を保全する目的で、モーテル類似施設について、当該施設の建設位置について、青少年が教育を受ける過程で日常的に利用し、あるいは通行する場所から排除することを指向して制定されたものと解される。原告は、本件条例の規制について、営業許可を与えるものと主張するが、町長による同意の基準には、建築位置に関する基準のみが設けられ、それ以外の物的・人的要素には一切触れられていないことや、施設の建築だけでなく、広告物の設置についても併せて規制していることからすれば、営業許可とみることはできない。なお、本件条例には、付則二条(適用区分)において、本件条例の施行の際に、都市計画法二九条に基づく県知事の許可等を得ている場合には、本件条例に基づく町長の同意等の規定が適用ない旨定められており、右県知事の許可については、許可基準の中に、公共施設等や予定建築物の用途の配分についての規定があるが(都市計画法三三条一項五号)、右適用区分が本件条例施行時における開発許可との調整についてのみ規定しており、施行後については適用がないことからすれば、右付則があることをもって、本件条例が都市計画法上の開発許可と同趣旨の目的をもったものと解するのは相当でない。
三 他方、建築基準法は、「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的」とするものであって(一条)、右目的を実現するため、建築確認の制度を設け、建築物の着工前に、当該建築物の計画が建築関係法規に適合するか否かを公権的に確認し、右確認を受けなければ着工できないという法的効果を与え(六条五項)、確認を得ないで工事をすれば、罰金に処せられる(九九条一項二号)ほか、その工事の停止命令や建築物の除去命令等が発せられる場合もある(九条)としている。そして、建築主事が行う確認行為は、基本的に裁量の余地がない確認的行為の性格を有するものであって、建築主事は、確認申請書の記載に基づいて、建築計画が建築確認対象法令の規定に適合するか否かを審査すべきものであり(六条三項、四項)、審査の対象は確認申請書及び添付書類に明示すべきことが要求されている事項から判定できる範囲に限られているというべきであるが、確認申請書の様式、添付すべき図書、明示すべき事項については、建築基準法六条八項に基づき建築基準法施行規則一条が、具体的にこれを定めているところ、同条には、本件条例に係る町長の同意の有無を確認申請書等に記載すべきことを定めた規定もなければ、右同意があったことを証する書面を確認申請書に添えなければならないことを定めた規定もない(また、同施行規則一条九項は、建築基準法三九条二項の規定に基づく条例等、一定の条例について、その規定に適合するか否かを確認するために特に必要があると認める場合には、特定行政庁が、規則で、同規則一条一項、三項、五項又は六項の規定に定めるもののほか、申請書の添えるべき図書について必要な規定を設けることができる旨を定めているが、本件条例は、同条九項に列挙されている条例のいずれにも該当せず、甲良町には、本件条例に係る町長の同意の有無を証する書面を確認申請書に添付すべきことを定めた規則はない。)。本件において、被告は、原告が提出した確認申請書及びその添付書面から、本件建物が、本件条例四条の規定に基づく町長の不同意決定を受けていることを知ったのではなく、建築確認申請の受理に当たっては、市町村を経由すべきこととされているために、原告からの申請を受理した甲良町が、被告に申請書を送付するに当たり、本件条例に関する行政指導の経過書等を添付したため、右不同意決定を知ったと推認される(<証拠略>)。
四 以上のとおり、建築基準法が、構造耐力上、防火上、衛生上等の安全性及び好ましい集団的建築環境の確保の見地から一般的に建築物の建築を規制するのに対して、本件条例は、青少年に対する教育的環境保全の見地から、モーテル類似施設についてのみ、建築場所に着目して、その建築を規制するものであって、その目的を異にしていること、本件条例に基づく町長の同意の存否について、建築確認申請書や添付書類上明らかにするよう求められていないこと、本件条例は、町長の同意なしにモーテル類似施設を建築した場合の措置について、中止命令及び罰則の規定を定めて実効性を担保しているが、罰則適用の前提となる中止命令を発するか否かについても町長に裁量権を与えていることからすれば、本件条例は、建築確認対象法令には含まれないと解するのが相当である。
これに対し、被告は、建築基準法が、安全衛生防火の面からだけではなく、用途に関する規制として、周辺の風紀上の精神衛生的な環境の調和という面を考慮した規制もしており、本件条例はこれと趣旨・目的を同一にすると主張するところ、建築基準法に建築物の用途に関する規制があり、その中に、一定の娯楽、歓楽施設の建築を規制する規定(四八条八項等)があることは、被告主張のとおりである。
しかし、建築基準法の右用途規制は、主として都市計画法上の用途地域、特別用途地区内における建築物の規制であって、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという都市計画法上の観点から規制を行うものであるのに対し、本件条例は、都市計画法上の用途地域等の規制とは無関係に、青少年に対する教育的見地からモーテル類似施設の建築のみを規制するものであり、前記二のとおり、都市計画法上の開発許可と同趣旨とみることもできないのであるから、本件条例を建築基準法の規制と趣旨・目的を同一にするものと解することはできない。
五 よって、本件条例に基づく町長の同意の存否は、建築主事の確認対象事項ではなく、被告が本件条例に基づく町長の不同意決定があることを理由になした本件処分は違法であって、取消を免れない。
六 以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鏑木重明 森木田邦裕 山下美和子)